森下の家具と50年のおつきあい(静岡・島崎家)
森下木工所が現在の場所に移転する前、お隣さんとして付き合っていたのが島崎さんご家族です。島崎さん宅は、50年前の茶箪笥や鏡台などがありました。森下木工所誕生間もなくの活気の満ちた、昭和30年代の懐かしいにおいまでがしてきます。創業者森下茂の頑固一徹の仕事を見ることができました。
「言うことは何もありません。何の狂いもなく、いまでも悪いところは1つありません。」
旦那さまは、創業者を懐かしむような口調で話してくれました。
昭和30年代、創業者は旦那さまの家具販売に携わったこともあるそうです。
関西に出掛け「すばらしい静岡家具を見てくれ」と胸を張ったそうです。森下木工所の家具の値段は他と較べ、少し高かったそうです。
「値段なんか関係なかった。本当にいい作品は違う。当時は多くの人に喜ばれた家具を売ることができた。」
と創業者は満足そうな表情で話してくれました。
焼津に嫁いだ、島崎さん夫婦の娘さんの婚礼道具もすべて森下木工所が引き受けました。それだけでなく、島崎さんの様々な親類などに森下木工所の家具は入っているのうだそうです。
「もうそろそろ新しい鏡台を買ってもいいのだけれど、でも、まだ新品同様だから。」
奥さまは長年使ってきた鏡台へ深い愛情があるようです。すぐに創業者の思い出に移っていきました。
「本当に怒るときは怒った。ただ自分の子供、他人の子供という分け隔てなどなかった。本当に厳しい親父さんだった。」
創業者、職人森下茂の真骨頂を知る温かな隣人に支えられてきたことが分かります。
森下木工所は次の60年に向けて歩き始めていきます。
「いつまでもお元気で、是非島崎さん夫婦にずっと見守っていってほしい。」
森下社長は深く頭を下げた後、笑顔で言いました。
「校倉だより vol.2」より
「もうそろそろ新しい鏡台を買ってもいいのだけれど、でも、まだ新品同様だから。」
奥さまは長年使ってきた鏡台へ深い愛情があるようです。すぐに創業者の思い出に移っていきました。
「本当に怒るときは怒った。ただ自分の子供、他人の子供という分け隔てなどなかった。本当に厳しい親父さんだった。」
創業者、職人森下茂の真骨頂を知る温かな隣人に支えられてきたことが分かります。
森下木工所は次の60年に向けて歩き始めていきます。
「いつまでもお元気で、是非島崎さん夫婦にずっと見守っていってほしい。」
森下社長は深く頭を下げた後、笑顔で言いました。
「校倉だより vol.2」より